整理収納アドバイザー ポレポレ日記

40歳 おじさん整理収納アドバイザー

スポーツにこそ「整理・収納」を!!

ラグビーを長くやってきた僕。

学生時代ではありますが、本格的にラグビーという競技に関わってきたことで、たくさんの事を学ぶことが出来たように思っています。そしてそれはラグビーだけでなく、長く続けた相撲でも同じです。

スポーツを通して学んできたことは、大人になった今でもたくさん活かすことが出来ています。

計画的に物事を進めたり、人との関わり方であったり...スポーツを通しての学びがあったからこそ、今の自分があるように思っています。

相撲では、相撲という競技を通して「心・技・体」を鍛えるという事をよく言います。

それは相撲だけでなく、全ての競技に当てはまることだと僕は考えています。

僕が長い期間してきたラグビーでも、パスが上達したり、タックルの技術が上がったりするなど、その競技を通して「技」をたくさん身に着けてきました。

相手に負けない体を作るために筋力トレーニングをたくさん行い「体」も鍛えることが出来ました。

そして、ラグビーという競技を通して「心」も鍛えることが出来たように思っています。

ただ僕は「心」を鍛えることはしてきましたが、その中でも「精神面」を鍛えることはさほど出来ていなかったように思っています。しいて言うなら、スポーツを通して鍛えてきたのは「精神面」ではなく、「忍耐力」だと思っています。

ラグビーでも相撲でもしんどい練習はたくさんしてきました。肉体的にも精神的にも追い込まれ、倒れそうになりながら毎回の練習に取り組んでいました。

「もうダメ。」や「もうやめてしまいたい。」なんて思うことは日常茶飯事で、そんな思いを持ちながら毎回の練習を乗り越えてきました。

そんな毎日を乗り越えることで鍛えることが出来たのは「精神面」ではなく、「忍耐力」だと思っています。

当時の僕は辛い練習やしんどい練習を乗り越えるだけで、そういった局面でも冷静に対応できる「精神力」を鍛えることは出来ていなかったように思います。

ただただしんどいことに耐えるだけの毎日を過ごしていたように思います。そしてそういった状況で鍛えることが出来たのは「忍耐力」だったように思っています。

本来はそうではなく、肉体的にも精神的にも追い込まれた状態でも冷静な判断が出来るようにする「精神力」を鍛えるべきだったのかもしれません。というか鍛えるべきでした。

でも、結局は学生の間に競技人生を終えることになるレベルであった僕は、そんな「精神力」を鍛えることなく、競技人生を終えることになったのです。

大人になった今「精神的に強いよね。さすが元ラガーマン。」なんて言われることがたまにありますが、僕はそうではないと思っています。

ラグビーという競技を通して鍛えることが出来たのは、僕の場合「精神力」ではなく「忍耐力」でした。

辛いことやしんどいことに対しても我慢して取り組むことが出来る「忍耐力」を鍛えることが出来たのだと思っています。

その鍛えることが出来た「忍耐力」は社会に出てからも役に立つものであるとは思っています。

僕が今生きている社会でも、スポーツとは違うしんどさや辛さがあります。スポーツと比べると肉体的な負担は減ったようには感じていますが、精神的な負担は今の方がはるかに多いように感じています。

そのような状況の中でも元気に頑張ることが出来ているのは、スポーツを通して見に着けることが出来た「忍耐力」があるからです。嫌な事でも我慢して続けることが出来ています。

その意味では僕がスポーツを長い期間やってきたことはとても意味のあることだったと感じています。

しかし、そのスポーツの経験を通して、仮に僕が「精神面」も鍛えることが出来ていたならば、もっと違う道が開けていたのかもしれないとか思ったりもします。選手として「心に余裕」があり、過去の僕とは別の視点を持って競技に関わることが出来ていたのかもしれません。

でも、学生の僕がそこまでの考えを持って辛い練習やしんどい練習を乗り越えることは中々難しかったように思います。そんな「心の余裕」を持って練習に取り組むことが出来るのは至難の業だったように思います。

でも仮にそういった「精神面も鍛える」というビジョンを持って競技に関わることが出来る環境があれば、大成していたのではないかと考えしまいます。

そして今思うことは、その環境を整えるのが「整理・収納」だと思っています。

目の前の事に必死になってしまい、辛い練習をしても心の中の「忍耐力」しか鍛えることが出来ない環境ではなく、少しでも「心に余裕」を持てるようにし、「精神力」を鍛える環境を整えることが「整理・収納」で出来るように考えています。

これからスポーツを本格的に取り組もうとしてい若い人にも、すでに本格的に取り組んでいる熟練の選手にも、是非「整理・収納」を大切にしてもらいたいと思っています。

そして、今取り組んでいるスポーツで結果を残すことができ、そのスポーツを終えた後の人生でも活かすことが出来る人に成長してもらいたいと思っています。

「整理・収納」で視野を広げる

自分の身の回りで起きている事は、ポジティブな事もネガティブな事も同じように起きています。

もちろん、日によって違うことはあるのかもしれません。嬉しいことがたくさん起きる日もあれば、悲しいことがたくさん起きる日もあるのかもしれません。

でも全体的に見れば大きな差はなく、嬉しいことも、悲しいことも同じように起きているように思います。

「今日はいい事ばかり起きるな~。」というようにポジティブな感情になる日もあれば、「今日はついてないな~。」とネガティブな感情になる日もあります。

それは、そういった現象が起きた時に、その現象に思考が偏ってしまい、その感情に支配されているのだと僕は思っています。

無意識に支配されている思考や感情。特にネガティブな事が起きた時に表れる現象のように思っています。

「今日はついていないな~。」となるのは、本当についていない事ばかりが起きているわけではありません。ついていない事ばかりに思考が偏ってしまい、そのついていない事だけに視点が向いてしまっているのだと思います。視野が狭くなり、ネガティブに感じることだけに思考や視点が偏ってしまっているのだと思います。

きっと、そのネガティブな事のすぐ近くにはポジティブに感じることもたくさんあるはずなのに、視野が狭くなっていたり、思考が偏ってしまっていたりすることで、そのポジティブに気づかないようになっているのです。

僕はこの視野が狭くなっている事や思考の偏りを解決することで、ネガティブな気持ちを持ち続ける状態を解消できると思っています。

やるコトが多くなり、忙しくなってくると人はイライラしたりモヤモヤした感情を抱えるようになってきます。気持ちが不安定な状況になってきます。

やってもやっても次から次へとやるべきことが終わらない。そんな状況になってくるとイライラやモヤモヤの感情は高まっていく一方です。

そしてそんなイライラやモヤモヤを抱えている状態の人の頭の中は様々なモノが入り乱れている状態のように思います。

するべきとに集中できず、「終わらねぇ~。」や「忙しい~。」といった本来持たなくていい感情を持ってしまいます。

やるべきコトに集中することで、そのやるべきコトに取り組む精度は上がります。そしてそのような状態で取り組んだ結果、出来上がったモノの完成度は高くなるように思います。

しかし、集中力がない状態では完成度の高いモノは出来ないように思います。取り組むべきコトに100%向き合わずにいる状態では当然のように思います。

僕の普段しなければならないコトに適当に向き合って出来るようなコトは一つもありません。どんなコトも100%に近い状態で向き合うからこそ、精度の高いモノが出来るし、満足のいくモノが出来るのだと思っています。

では、そういった100%に近い状態でモノゴトに向き合える環境を整えるためにはどうすればいいのか...僕は「整理・収納」だと考えています。

自分の所有する物を必要なモノだけにし、その必要になったモノの定位置を決め、そのモノを使いやすくすることが僕の考える「整理・収納」です。

「整理・収納」を通して、一つ一つのモノを大切にし、シンプルな状態に自分を置くことが大切です。

目の前から不要なモノが無くなり、必要なモノだけになることで人の思考はシンプルになります。

逆に、目の前が散らかっていることで人の心は乱れてしまいます。不要なモノがあることで心が落ち着かなくなり、取り組むモノゴトに集中することが出来なくなっていしまいます。取り組むコトに集中できず、余計なコトを考えてしまう状態になります。余計なコト...それはネガティブなコトが多いように思います。

人はネガティブなコトが起きてしまうと、思考がそのネガティブなコトに支配されてしまいます。更に、他のネガティブなコトばかりに視点が向いてしまうようになります。

そして、イライラやモヤモヤが溜まってしまい、出来上がったモノの完成度が低いモノになってしまうのです。

それは目に見えるモノだけでなく、目に見えないモノも同じように思います。頭の中にあるモノが不安定なモノだらけになり、何をしても中途半端なモノばかりになってしまいます。

自分の周りにはネガティブなコトもポジティブなコトもたくさんあります。それに気付けるようにするのが「整理・収納」だと僕は考えています。常に視野を広くも持てるようにし、「心に余裕」を持たせるのが「整理・収納」です。

人が生きていれば嬉しくなることもあるだろうし、悲しくなることもあるように思います。でも、そういったことに振り回されることなく、「整理・収納」を通して視野を広げ、一つ一つと向き合えるようにしていきたいと思います。

ポジティブな事も、ネガティブな事も

嫌な事は重なるものです。

何が原因なのか、自分の心に緩みがあるのか明確には分かりませんが、とにかく嫌な事は重なるものです。

でも実は、僕の中ではこの「嫌な事は重なる」という現象は、恐らくネガティブに感じることに思考が偏ってしまっていて、それが視界や思考が支配されているのではないかと思っています。

ポジティブに感じることも、ネガティブに感じることもいつも同じように自分の周りでは起きている事だと思います。

ただ人はその時の思考や環境、気分により1つのことに思考や視点が偏ってしまっているのだと思います。ネガティブな事であればネガティブな事だけ、ポジティブなことであればポジティブな事だけに支配されているような感じです。

嫌な事が重なると感じることも、良いことが重なると感じることも、全てそういった現象があるのではなく、自分の思考の問題だと思っています。

今朝の僕は嫌な事が重なりました。というか、嫌なことだけに思考が支配されていたように思います。

起きる時間が少し遅くなってしまったり、急いで起きたことで柱で足の小指を打ち付けたり、極めつけは冷蔵庫の中が水浸しになったりしていました。

最近寝苦しい夜が続いており、夜中に水分補強をすることが多い僕ですが、飲んだ後に水を入れたピッチャーのふたをしっかり閉めずに冷蔵庫に入れたのが原因だったようで、ほぼ満水入った水が冷蔵庫内でこぼれてしまっていたのです。

最近購入したピッチャー。横に入れてもこぼれないと書いていたのですが、さすがに蓋の締め方が不十分だったらこぼれてしまいます。

寝ぼけた調子で蓋を締めてしまっていたのが良くなかったのでしょう。しかも最近購入したピッチャー、扱いに不慣れだったのも原因だったように思います。

でも、一番の原因は自分にあるように思います...。

夜中に起きて水を飲む。確かに寝ぼけた状態だったのかもしれないし、早くベッドに戻りたかったのかもしれません。恐らくその時の僕は「眠い...早くベッドに...zzz。」といった感情を持っていました。一種の「焦り」だと僕は考えています。(焦りとは違うような気もしたりしますが...。)

それが朝起きた時の「冷蔵庫水浸し事件」という結果を招いてしまったのだと思います。

ここ最近「焦り」の事をこのブログに書いていますが、本当に「焦り」の感情から生まれる行動に良いことはほとんどないように思います。

「焦る」ことで一つ一つの行動に「雑」さが出て来るようになります。

今朝の僕であれば、起きる時間が少し遅くなったことで焦りが出てしまい、歩き方が「雑」になってしまい、柱に足の小指をぶつけてしまう結果を招いてしまいました。

昨夜の僕であれば、早くベッドに戻りたいという焦りが出てしまい、ピッチャーのふたの閉め方が「雑」になってしまい、冷蔵庫の中で漏れてしまう結果を招いてしまいました。

一つ一つの物事に対して丁寧さが欠けてしまい、雑さが目立ってしまうことで、その物事に取り組む姿勢や完成度の質に大きな影響を与えてしまうように思います。

僕が普段の生活で大切にしていることは、どれをとっても雑にこなしていいモノは一つもありません。一つ一つの事とじっくり向き合い、丁寧に取り組むことが必要になることばかりだと考えています。

その視点から考えると、やはり「焦り」の感情は持ってはいけないモノだろうし、抱え続けることはしない方が良いモノだと思います。

そして、その焦りから思考がネガティブなモノばかりに向いてしまう現象が生まれるのだと思います。

自分の周りで起きていることは、ポジティブな事もネガティブな事も同じように起きています。それに気付ける「心の余裕」が人には必要になるのだと思います。

一つ一つの出来事に対して「焦る」のではなく、ゆっくり丁寧に対応することが大切です。

今朝の僕のようにならないように、一つ一つの物事を丁寧に取り組める「心の余裕」を持てるようにしたいものです。

 

「整理・収納」に立ち返って

7月に入り、いよいよ1学期も大詰めに入ってきました。

1学期で学習する内容を終わらせることを視野に入れながら学習を進めるとともに、成績を付けることを視野に入れながら仕事を進めなくてはなりません。

気持ちよく夏休みに入れるように、計画的に進めたいと考えています。

僕はこういった忙しくなる時期でも、いつも通りの生活を送りたいと思っています。

忙しいからといって遅い時間まで仕事をしたり、家に持ち帰って仕事をしたりするのではなく、いつも通り仕事をしていくことを大切にしています。

どんな時でもペースを乱すことなく、いつも通り「心地良いな~」と感じる時間を少しでも取りたいと思っています。

また、「焦り」からくる感情に良いことはほぼないと考えている僕。

忙しくなってくるこの時期だからこそ、「焦り」の感情を持つことなく仕事を進めたいと思っています。

焦りながら仕事をすることで、ペースが乱れるのは僕だけでなく、僕に関わるたくさんの人にそのしわ寄せが行くことになると思います。その関わる人の中には教室にいる子どもたちも含まれています。

「焦り」からくるイライラやモヤモヤ。そういった感情に振り回されることなく、他の人を巻き込まないようにするためにも「焦り」の感情は絶対に抱えたくないモノだと考えています。

そのためには「整理・収納」を徹底することが大切になると思っています。

「整理・収納」を徹底することで、身の回りにあるモノを必要なモノだけにし、やるべきことを明確にすることが出来ます。

視界の中から不要なモノを取り除き、必要なモノだけにします。

目に入るモノが全て必要なモノだけになっている状況になると、物事に取り組む精度が各段に上がると僕は思っています。

作業をする机の上、授業を行う教室などの環境を「整理・収納」を通して整えることで、一つ一つの作業の効率を上げることに繋がります。そして、出来上がるモノの完成度を上げることにも繋がります。

忙しくなって来るとついつい乱れてしまうモノの管理。モノが増えてきたり、必要ないのにそこにあったり。忙しさに負けてしまい、ついついルーズになってしまうのがモノの管理です。でも、忙しい時だからこそモノの管理を意識的に行うことが大切だと思います。

ついつい後回しになりがちなモノの管理こそ優先して行うことが、僕の考える「整理・収納」です。面倒だけど、目の前の事を優先してしまいたくなるけど、まずはモノの管理こそ優先にすべきです。

机の上が散らかった状態やモノが溢れている状態で作業している人を見かけることがたまにあります。

きっと余裕がないのだと思います。目の前のコトに必死になり、モノの管理まで気が回っていないのだと思います。そして、いつの間にか作業と同じくらい探しモノをしている時間が増えてしまったりすることもあるのかもしれません。

そんな時間が多くなるとイライラする気持ちが溜まって来るように思います。そしてそのイライラが、取り組んでいる物事に悪い影響を与えるのだと思います。また、出来上がったモノにも悪い影響を与えるのだと思います。

忙しい時こそ、焦っている時こそ一旦立ち止まることが大切です。モノが多いのであれば、ゆっくり「整理」してから作業に取りかかる方が効率的だと思います。モノが散らかっているのであれば「収納」してから作業に取りかかる方が効率的だと思います。

それは目に見えるモノだけでなく、目に見えないモノでも同じだと思います。

焦ってしまいそうな、忙しい時期だからこそ「整理・収納」に立ち返って、やるべきことを明確にするべきだと思います。

このブログだけは...

今日でこのブログも280回目の投稿になります。連続だと、262日連続での投稿になります。

どんなことに対しても三日坊主だった僕が、こうして継続的にブログを投稿できているのは、今までのたくさんの積み上げがあったからだと思います。

今までの人生で、継続することの大切さや、継続することで発揮できる大きな力を痛感してきました。そして何よりも、継続しない事で結果が伴わない事も痛感してきました。

小学生の頃、マラソン大会で思うような結果を残すことが出来ず、その悔しさから朝走ることを決意した僕。その時の僕が正に三日坊主だったように思います。

意気揚々と「頑張ろう!!」と決意した僕でしたが、早起きをして走ったのは1日目だけだったことを覚えています。二日目からは早起きをして家は出るものの、公園のベンチで座ってただ時間を潰していました。その時のことは今でも鮮明に覚えています。早起きをして公園のベンチで座ることの心地良さもはっきりと覚えています...。そして、三日が過ぎるころには布団から出ることもしないようになっていました。

走ろうと思うのですが、朝の爽やかな風を感じてしまうと、中々体が動きませんでした。その時に学んだのは、早起きの素晴らしさと、朝の風の心地良さです。そして自分の心の弱さを痛感したことだったように思います。

小学生にして人間の心の弱さを思い知った僕でした。

他の人はどんなんでしょうか?僕と同じように、小学生くらいの頃にはそういった人間の心の弱さを痛感していたものなのでしょうか?

思い返せば、僕は今までそんなことをたくさん経験してきたように思います。

ラソン大会に限らず、テストの結果が出る度に「頑張ろう!!」と思い勉強しようと考えるけど、長続きしなったり...。

体重が増えてしまい、ダイエットをしようと考えるけど、長続きしなかったり...。

子どもの時も、大人になってからも、自分の心の弱さを痛感することがたくさんあったように思います。そしてその度に「あかんな~。」と自尊心に傷をつけていたように思います。

今思い返すと、自分はつくづく弱い人間だなと思ってしまいます。

でも、それは自分だけではなく、ほとんどの人が自分で決めたことをそんなに継続して続けることが出来ないのではないかと思ったりもします。

もちろん、自分で決めたことをことを最後までやり通す人もいるのかもしれません。でもそれはほんの一握りで、ほとんどの人が志半ばで継続することが出来ないのではないでしょうか。

僕は今までの人生の中でそんなことをたくさん経験してきました。もちろん頑張り続けることが出来たこともあったかもしれませんが、ほとんどのことは継続して取り組むことが出来なかったように思います。

そんな僕がこのブログに関しては継続して取り組むことが出来ています。

もちろん、何を書こうか迷った日もたくさんありました。疲れて「今日はもういいかな。」と思う日もあったように思います。

でも三日坊主だった僕が、このブログに関しては今日まで継続的に続けることが出来ました。

それは、目的がハッキリしていることが大きな要因になっているように思います。

もちろん、マラソン大会で思うように結果を残すことが出来なかった小学生だった頃の僕にも、当時の僕なりの目的はあったように思います。

ただ今の僕と違うのは、明確に思い描いているモノの違いはあるように思います。

当時の僕には継続して取り組んだ先にあることを明確にイメージすることはしていなかったように思います。ただ悔しかったから、ただ頑張ることがかっこいいと思っているからだけだったように思います。

だから長続きすることが出来なかったように思います。思い付きでしてただけになっていたように思います。

そんな僕もこのブログに関しては明確な目的や意図を持って取り組むことが出来ているように思います。

書くことに悩んだり、「今日はいいか。」と思ったりしたときに、ブログを書くことの意味に立ち返ることが出来るようなっています。

それは明確な目的があるからだと思います。そして、このブログを継続することで見えている明確な自分の姿があるように思います。

今日も、ブログに書く内容をどうしようかと悩んでいましたが、自分の今思っている事、考えている事を投稿することに意味があると思い投稿しています。

アウトプットすることで、自分の考えを深めることが出来ると思っています。

「整理・収納」とかけ離れているように思いますが、こんなことを発信することが、僕の「整理・収納」であり「整理・収脳」であるように思います。

三日坊主の僕ですが、明日からもこのブログに関しては継続して取り組んでいきたいと思っています。

 

シャンパンラグビー

今日は久しぶりにラグビー観戦に行きます。

愛知県にあるトヨタスタジアムで行われる、日本代表対フランス代表の試合です。

僕たちの世代からすると、ラグビーフランス代表と言えば雲の上の存在であり、僕個人としては憧れのような存在のチームです。

フランス代表は歴史のあるチームで、ワールドカップでの優勝経験はないものの、全ての大会で必ず大きな爪痕を残すチームです。強豪でありインパクトのあるチームをいつも大会に送り込んでくるチームです。

恐らく、かの有名なオールブラックスニュージーランド代表)が最も警戒しているチームと言っても過言ではないように思います。

そして、何よりもフランス代表の魅せるラグビースタイルに僕自身魅力を感じています。

フランス代表のラグビー...それはシャンパンラグビーと言われています。ワイングラスに注がれたシャンパンの泡のように次から次へと人が溢れてきて、ボールを繋いでいくスタイルのラグビーです。パスを繋いでいく自由奔放なスタイル、自由な発想は他の国にはないスタイルと言われています。「フレア(ひらめき)」なんて言われることもあります。

高校生の時に初めてフランス代表のラグビーをワールドカップで見た時には衝撃を受けました。シャンパンの泡のようなのかは、当時シャンパンを飲んだことのない僕には分かりませんでしたが、自由奔放に楽しそうにボールを繋ぐフランスの選手の姿を見て強い憧れの気持ちを持ったのを今でも覚えています。

そのフランスのラグビースタイルは、そもそものラグビーへの考え方の違いが大きいと当時のラグビー部の顧問の先生から聞かされていました。

当時の日本のラグビーでは、大きなリスクを取るプレーはあまり好まれておらず、どちらかというとリスクを取ることなく、確実に点を取れるプレーが好まれていたように思います。

密集の近くを確実に攻め、確実なチャンスが生まれた時に初めてボールを大きく動かし得点を狙う。そんなラグビーが主流だったように思います。

だから、選手自身もミスになりそうなプレーは極力しないように、リスクがありそうなプレーは極力しないようにしていました。

当時の日本のラグビーではそれが当たり前だったし、チームが勝つためには必要な事だと考えられていました。ミスをしてしまうと相手ボールになってしまう。そして、それが致命的な失点に繋がってしまうと考えられていたのです。

でもフランス代表はそうではなく、ボールをどんどん動かし、リスクがあるプレーだったとしても、そこに少しでもチャンスがあれば、そのリスクにチャレンジしていくラグビーをしていたのです。

こんなエピソードがあります...。

誰もいないところにボールを抛ってしまい、ボールがラインの外に出てしまい相手ボールになってしまった時です。

当時の日本であれば、「どうして誰もいないところにパスを出すんだ!!」と言われてしまいます。パスを抛った選手が怒られてしまいます。

しかし、フランスでは...「どうしてそこに誰も走りこんでいないのだ!!」とパスを抛った選手ではなく、周りの選手が怒られてしまうそうです。

根本的な違いがあるように思います。

その根本的な違いを聞かされた時に、ラグビーの奥深さを感じたし、ラグビーの魅力を更に感じることができました。

同じスポーツをしているのに、考え方が根本的に違うことでこんなにもカラーの違うチームが出来ることにラグビーの本質があるように思いました。

きっと長い時間を掛けて確立してきたラグビースタイルだと思います。何度もそもそもに立ち返り、勝つために、見ている人を魅了するために確立してきたスタイルのように思います。

そんなフランス代表が今日トヨタスタジアムに来ます。ベストなメンバーではないようですが、そんなラグビー文化に触れながら育ってきたフランス代表の選手たち、きっと魅力的なラグビーを見せてくれるように思います。

元フランス代表のキャプテン、ジャン・ピエール・リーブ氏の言葉にこんな言葉があります。

ラグビーは子どもをいち早く大人にし、大人に永遠に子どもの魂を抱かせる。」

ラグビーで大切にされている精神性がこの言葉に詰め込まれているように思います。

そして、そんな言葉を大切にしているフランス代表の選手に向かう日本代表の選手にも大きな期待を持って熱い応援をしてきたいと思います。

肩の力を抜いて生きたいのに

「肩の力を抜いて生きる」

それを大切にしながら毎日を過ごそうと考えています。

冗談を言いながら、いつでも笑いが絶えない毎日を過ごすことができたらいいなーと思っています。

たくさんのしなければならないコトに追われる現在。そんな状況の中でも「何とかなるか♪」と思いながら生活することが大切だと思っています。

僕の職場には真面目な人がとても多いです。学校の先生になるくらいだから、そりゃ真面目な人も多いのかもしれません。(そうでもない人もいますが...)

一つ一つの仕事に責任感を持ち、目の前のコトとしっかり向き合いながら取り組む自分以外の人の姿を見て「凄いな~。」と感じる毎日。頭が上がりません。

でも、そういった他の人たちの姿を見て「焦る」ことは一番してはいけない事だと考えています。「焦り」からくる行動に良いことなんか一つもないからです。

そんなことを考えている僕は、週に一回くらいのペースで「学級便り」を発行しています。「学級便り」とはクラスの様子を伝えるために発行しているお便りです。

この「学級便り」ですが、発行しないといけないという決まりは特にありません。先生によっては発行しない先生もいます。僕もここ数年は発行していますが、教師になりたての時は発行していませんでした。そんな余裕なんてありませんでした。

学校によっては発行しない人の割合いも多く、その分他の仕事に力を注いでいる人もいます。

3月まで勤めていた職場では発行しているのは半分くらいの割合だったように思います。一方、今の職場では9割くらいの人たちが発行しています。前の職場と比べると高い割合のように思います。ほぼ全員です。

しかも、発行するスピードがとても速いです。僕なんかは週に1回、月に4回ほど発行すれればいいかなくらいの感じですが、人によってはもうすでに僕の5倍以上発行している人もいるようです。

先ほども書いた通り、「焦り」から来る行動にいいモノなんか一つもないように思います。周りの環境から影響を受け、自分のペースを乱してしまうことで、全ての物事がうまく噛み合わなくなる経験をたくさんしてきた僕です。間違いないように思います。

でもです...でもですよ。さすがの僕も他の人の発行部数を目にすると「ヤベ!!」とかなっちゃったりしちゃいます。

じゃあ見なければいいじゃんと思いますが、このブログにこんなことを書いてしまっている時点で、僕はもうすでに気になっちゃう思考、体になってしまっているのです..。

何度も言いますが「焦り」からくる行動に良いことは何もないと考えている僕です。でもそんな僕が最近は「焦る」気持ちを抱えてしまっているのです。

「のんびりしていて良いのだろうか。」「他の人はどう思っているのだろうか。」そんな思考になっています。それも全て「焦り」から来るものだと思っています。

でもそんな状況でも肩の力を抜いて生きていくことが大切だと考えています。「人は人、自分は自分」...よく聞く言葉だし、ありきたりな言葉なのかもしれませんが、その当たり前のことに徹することが自分らしく生きていく近道のように思います。

周りがどうであっても、自分が「肩の力を抜いて生きていくこと」に魅力を感じているのであれば、それで十分だし、それに徹するべきなのだと思います。

周りの職員が僕の5倍以上の学級便りを発行していたとしても、それはそれと感じる余裕が僕には必要だと思います。

その余裕は「肩の力を抜く」ことで手にすることが出来るのだと思います。

人は周りからの刺激により、「焦る気持ち」を抱えてしまう生き物です。そして、居心地が悪くなったり、心地良さを感じることが出来ない環境に自分を置いてしまうのだと思います。

最近の僕は周りの刺激により「焦る気持ち」を抱えてしまっているのだと思います。そして自分のペースを乱しそうになっているように思います。

もう一度自分のそもそもを見直そうと思います。「肩の力を抜いて生きていける」ように、自分にとって必要なモノを見定めていこうと思います。

それがきっと「肩の力を抜いて生きていく」ことに繋がるだろうし、「心地良く暮らす」ことにも繋がるように思います。