整理収納アドバイザー ポレポレ日記

40代 おじさん整理収納アドバイザー

鉄瓶を使ってみた結果

長く向き合い続けた鉄瓶...やっとこさ買いました。

ずっと欲しいと思い続けた鉄瓶。

そして、向き合い続けた鉄瓶。

わざわざ盛岡まで出向いて購入してきました。

盛岡の南部鉄器の生産は世界的に有名で、日本の伝統工芸品の代表的なモノとして世界中で高く評価されています。

良質な原材料が豊富にあるという事から、江戸時代にたくさんの鋳物師や釜師を集めて生産したのが、始まりと言われています。

そんな伝統ある盛岡の南部鉄器。

そんな素敵な南部鉄器の鉄瓶を購入したのです。

昨日、盛岡から帰ってきましたが、家に着いたのが20時...。

そこから、荷物の片づけをしながら鉄瓶の「ならし」を行いました。

初めて使用する際に行う「ならし」。鉄瓶に水を八分目まで入れて沸騰させます。これを3回ほど繰り返します。

この「ならし」を行う事で、よりまろやかで美味しいお白湯を作る事が出来るとの事です。

移動で疲れてはいましたが、その疲れも忘れるくらい楽しみにしていたという事もあり、何の負担も感じることなく作業する事が出来ました。

因みに、僕は出先から家に帰って来た際には、必ず片づけをすぐに行うようにしています。

仕事から帰った際には、ポケットの中に入れている持ち出していたモノを定位置に戻します。(仕事の日は基本カバンは持って行きません。)

それは旅行に行った時も同じで、カバンの中身を全て出し、持ち出していたモノを定位置に戻すようにしています。

どれだけ疲れていても必ず行うようにしており、後回しにすることがないようにしています。

洗濯物を洗濯機に入れたり、

髭剃りをお風呂場に戻したり、

財布の中に入っていたカード類をカードケースに戻したり、

カバンを定位置に戻したり、

買ってきたお土産類を忘れないように、目の付きやすい所に置いたり、

疲れているけど、必ずその作業を妥協することなく行うようにしています。

こういった作業を後回しにすると、絶対することが溜まっていきます。

そして漏れなく後悔も溜まっていきます。

「疲れているから明日でいいか...。」

そんな思考を少しでも持ってしまう事で、そういった「明日でいいか。」が増えていくようになります。

その積み重ねが、やることを溜めてしまう状況を招いてしまうし、そういった状況になればなるほど、モノが散乱する状況を招いてしまう事に繋がるのです。

それは目に見えるモノだけでなく、目に見えない頭の中のモノも同じです。

頭の中にも余計なモノが溜まっていき、本来しなければならないコトが見えにくくなってしまうのです。

だから、疲れているのかもしれませんが、「明日でいいか。」を一つ乗り越える事は、その後の時間を心地良く過ごすためには欠かす事の出来ない大切な事だと考えています。

昨日の僕はそれが出来ていたし、「ならし」をしながら機械的に行う事が出来ていました。

15分程度の事です。その15分を行う事で頭の中に余計なモノを抱えることがなく、後回しにしない大切さを改めて確認することが出来たように思っています。

そんな事をしながら「ならし」を終え、いよいよ南部鉄瓶で作ったお白湯との初対面です。

僕は南部鉄瓶で作ったお白湯を飲むのは生まれて初めてです。一生に一度、最初で最後の初対面です。

お気に入りの和柄のタンブラーに注いでみると、心なしか輝いて見えます。(多分気のせいです...)

そして、ゆっくりお口に運んでみると...

確かに...

「まろやか」に感じます。

味音痴で、味覚に対するこだわりのない僕でも分かる位のまろやかさです。

もちろん、期待していた分のフィルターは通っているのかもしれません。

でもそれを差し引いたとしても間違いない美味しさだったように感じました。

「このお湯でコーヒーを淹れたら...きっと美味しいんだろうな~...。」

そんな事を考えていたのが昨日の夜でした。

そしてそれが、僕のそもそもの南部鉄瓶を買う動機だったのです。

そもそも僕が南部鉄瓶を買おうと思ったのは、毎朝飲むコーヒーを美味しいお白湯で淹れたいと思ったからです。

味も大して分からないし、いつも飲むドリップパックも安価なモノを飲んでいるくせに、お白湯に関してはこだわりたいというのは矛盾しているのかもしれません。

でも味以上に、鉄瓶で作ったお白湯を使ってコーヒーを淹れ、それを毎朝飲んでいるという生活に憧れの気持ちを持っていたし、何だかカッコいい?お洒落?な感じがしていました。

僕も40歳を過ぎ、そういったワンランク上の生活に憧れの気持ちを持つようになってきたという事なのでしょうか。

とりあえず、僕がそもそも鉄瓶を買おうと思ったのは、毎朝飲むコーヒーに鉄瓶で作ったお白湯を使いたいと思ったからです。

そして今朝、鉄瓶で作ったお白湯を使ってコーヒーを淹れました。

昨晩のまろやかなお白湯を思い出しながら、マグカップに注ぐお白湯は心なしか輝いて見えます。(多分気のせいです...)

「やっぱり鉄瓶は重たいな~。」なんて思いながら、手をぷるぷるさせながら淹れます。

そして、いざ実食です...。

......。

「うん...いつものコーヒーと同じですごく美味しい...。」

とまぁこんな感じでした...。

昨晩程のお白湯を飲んだ時程の感動はありませんでした。

なんせ、味音痴な僕の事です。昨晩のお白湯も疲れていた時に飲んだから、ただ単に美味しく感じただけのかもしれません。

正直..今の時点では...大きな違いは分からなかったように思います...。

そんなもんなのでしょう。

基本何を食べても美味しいと思ってしまう味音痴な僕。

きっとお洒落なお店で、うまい棒をいい感じで出されてしまうと、気づかないであろうレベルの僕です。

そんな僕がお白湯を作る機材を変えたからといって、激的な味の変化を感じることが出来るわけはありません。

ただだからと言って、購入したことへの後悔の気持ちは全くありません。

今まで使っていたステンレスの薬缶と比べると、20倍近くも値段が違います。

そんな高価なモノでも後悔の気持ちは一切抱えていません。

それは味とか関係なく、鉄瓶に対して価値を感じているからです。

眺めているだけでうっとりしそうになるような鉄瓶。

長い時間じっくり向き合ってきたし、僕と鉄瓶に物語があることが大きいのだと思っています。

味の違いはこれから分かるのかもしれません...。

僕がもう少し年を重ねると、味の違いが分かる男になるのかもしれません。

でも、今はそんなことどうでも良いと思ったりもしています。

毎朝本物である、日本伝統工芸品の南部鉄器の鉄瓶を使ってコーヒーを飲んでいる事に魅力を感じているのです。

僕が感じる心地良い暮らし。それはお気に入りのモノだけに囲まれる生活です。

じっくり時間を掛けて考え、物語を纏わせることが出来た南部鉄瓶。

そんな鉄瓶は僕にとってお気に入りのモノになっています。

そんなモノを増やす事が出来たのは、きっと日々の「整理・収納」が生きているからだと思います。

これからも、そんなお気に入りのモノだけを増やせるようにしていきたいと思います。

美しい...コンロに置いているのを見るだけでうっとりします。